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【ゲゲゲの鬼太郎54話感想】泥田坊VS人間のエゴ

人間の発展のために犠牲になる田や自然

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アニメ『ゲゲゲの鬼太郎』54話・・・

 

今回の泥田坊の話は、現実問題として考えなければいけない問題だよね。

人間の暮らしをより良くするのために都市開発を繰り返し・・・

そのために自然を壊し、そこに本来住まう動物たちを追いやってさ。

 

今回は、そんな人間たちへ警鐘を鳴らすお話。

 

30年前の因縁再び

ソーラー開発事業を泥田坊という巨大な泥の妖怪が邪魔を始めた。

元々、その土地は泥田坊の住まう土地・・・

田畑を潰され、居場所を失った泥田坊は土地を取り戻すために暴れはじめた。

 

この機会をビジネスチャンスと思ったねずみ男が、泥田坊退治を持ちかけるも、

ソーラー開発の責任者の男は、それを拒絶。

 

 

その後、話を聞いた鬼太郎が直接現場におもむき、そこで30年ぶりの再会を果たすことに。

 

実は今回の現場は、30年前にも泥田坊が暴れており、鬼太郎が一度退治していたのだ。

しかし、それは苦渋の選択だった・・・泥田坊は何も悪くないのだから・・・

 

人間たちは反省もせず、泥田坊がいなくなったことに歓喜。

これに激怒した鬼太郎は、人間たちに怒りをぶつける。

 

泥田坊によって犠牲になった人たちの中に、今回の現場監督の父親もいた。

彼の父親もまた、自分と同じ現場監督だったようだ。

倒れる父親の傍らで泣き咽ぶ子供と鬼太郎は目があっていた。

 

30年の時を経て、再会を果たした二人。

鬼太郎は工事を中止を促すが、現場監督は受け入れることはなかった。


 


悲しみは繰り返されるのか

現場監督にも子供がいるようだ。

その子の未来がより良くなるように開発は意地でも続けるという人間の想い。

一方の泥田坊も、自分の土地を守りたいだけ。

 

どちらも折れる気がないのであれば、どちらが死ぬまでぶつかり合うしかない。

再三にわたる鬼太郎の説得も現場監督の心には届かず・・・

 

結局、泥田坊と現場監督の戦いがはじまってしまった。

夜にしか出現しない泥田坊の弱点を熱と考えた現場監督は、

大量の照明で泥田坊を照らし、水分を奪って粉々に消滅させた。

 

鬼太郎としては複雑な気持ちだろうな。

 

指鉄砲を現場監督に向ける鬼太郎・・・

現場監督も撃たれる覚悟だったのだろう・・・

だが、その場に彼の息子が現れ・・・鬼太郎も躊躇いが生まれる。

 

 

そんな中降り始めた雨・・・

泥田坊は巨大さを失ったものの、今度は無数の小型泥田坊が、襲いかかってきた。

 

鬼太郎は心を痛めながらも体内電気で泥田坊を倒す決断をした。

これにより現場監督も、その子供も犠牲にならずに済んだのだが、

泥田坊が代わりに犠牲になってしまった。

 

その後、工事は中止され、その地は平穏を取り戻した。

 

結局そういう結末を迎えるのであれば、もっと早い段階でどうにかできなかったのかと。

犠牲を伴わなければ人間は自分の愚かさに気付けないのかね。

 

まとめ

現実の世界では泥田坊のような妖怪が姿を現し、抗議をすることはないけど、

動物たちが声を発せられるなら、きっと人間たちの身勝手さに怒りを訴えるだろうね。

どこまでお互いに寄り添えるかですね(´・ω・`)